last updated 1997/07/17
第63話(全130話)
神族(2/10)
マリカが一歩、進み出る。
「質問があります」
彼女は言った。
彼女をジッとみつめ、アーバムたちはしずかに口を開いた。
「まァ、慌てなさんな。ずいぶん疲れとるようだ。少し休んだらいい。話はそれからゆっくり
聞かせてもらうよ」
低くしわがれた、潤いのない声質だったが、その響きはどこまでもやさしく、暖かく響いた
。 声だけで旅人の疲れを癒すことが出来る、そんな気がした。
「マリカと言います。お邪魔してもよろしいのでしょうか」
「カイラ国の姫君じゃろ。承知しとるよ」
ひとりのアーバムが言うと、となりにいたもうひとりがたしなめる。
「姫君ではないよ。マリカはいま身分を捨てておるのだから」
「おお、そうだった。国と城と身分を捨てての旅なのであったな」
うんうんとうなずき合って、アーバムはマリカに微笑みかけた。
「きみが邪魔なものか。さぁ家の中へお入りなさい。何か暖かいものでも作って差し上げよう
」「こいつの手料理が口に合えばいいんだがね」
アーバムのひとりが言い、仲間たちがアハハと笑う。
どうやらこの神の末裔たちは人なつっこい好々爺の集まりみたいなもので、あまり威厳とか
畏怖とかとは関係がないらしい。
そう思っているピートに、アーバムのひとりが歩み寄り、ジッと顔を覗き込んできた。そし
てしばし何かを読み取るように目を細めると、彼は口の中でヒューとも聞こえる音を発する。
その音にほかのアーバムたちの顔がいっせいにピートへと向けられた。音を発したアーバムが
厳かな気配を漂わせて言う。
「みなのもの、現れたようですぞ」
「本当か?」
声を上げてわらわらとすべてのアーバムがピートを取り囲んだ。
「な、何ですか?」
うろたえるピートを無視して、アーバムたちはそれぞれ手を伸ばしてマスターの体に触れる
。そしてお互いに何度も深くうなずき合った。
「本当に、現れたのだな」
「良かった。まだ時間のあるうちにやってきてくれて」
「何の話ですか?」とピート。
戸惑うピートをみつめて、長老らしいアーバムが進み出て、静かに言った。
「きみは風だ」
「は?」
「私達は火と水を用いて儀式を行う者だ。だが、火と水だけでは解決しないこともある。風が
必要な時がね。私達はそんな風を待っていたのだよ」
わからない。ぼくを待っていたと、アーバムたちはそう言ったのだろうか?
「ぼくが、風?」
「質問、という名の風だ。きみの質問をぜひ聞かせてもらいたい。無限の中からたったひとつ
の答えを導くために、君の質問が私達にも必要なのだよ」
言って、長老は自分の小屋へとピートを誘う。マリカたちもほかのアーバムたちに案内され
て、長老の小屋へと続いた。
「どうして誰もぼくには声をかけてくれないのかな」
パピロがフィンフィンに訊いた。
「ここに用があるのはぼくで、マリカもあのロボットもぼくの連れでしかないのに。アーバム
ったらボケちゃってるんじゃないの? 主賓に挨拶もなしだなんて、失礼しちゃうよ」
〈アーバムたちはお見通しなんだよ、きっと〉とフィンフィン。〈きみの話を聞いていたら、
時間がいくらあっても足らないってことをさ〉
「そうかなあ。ぼくの話はとてもわかりやすくて面白いって仲間から言われるんだけど」
〈だとしたら、きみの仲間たちは挨拶を交わすだけでも半日使ってるんだろうね〉
「へえ、よくわかるね。もしかしてフィンフィンも神族の仲間なの? 何でもお見通しって感
じで、何かすごいね」
パピロはとても感心したようだった。
長老の小屋の中に入ると、そこは思ったより広かった。小屋の外と中では空間の質が違うの
かもしれない。外から見るとちいさな小屋なのに、中に入るとそこは見た目の三倍の広さがあ
るのだった。
「わぁ、広いなあ」とパピロは声を上げた。「外から見るのとは大違いだ。どうしてこんなに
広く感じられるの?」
そばにいたアーバムに尋ねると、アーバムは静かに答える。
「空気の密度がちがうのだよ、パピロ。外の大気はひじょうに大きな粒で出来てるんだ・だか
らたとえば箱の中に十しか粒が入らない。けれど小屋の中の空気はね、粒が非常に小さいのさ
。同じ箱があるとしたら、ここの大気は百もの粒が入るだろう。私達が広いとか狭いとかと感
じるのはね、こういう空気の粒を無意識のうちに数えていることなんだ。粒が少ないから狭い
。多いから広い。感覚というのはそういうものなんだよ」
「ここの空気はすごくちいさいってこと? だから同じ大きさのなかに外よりもたくさんの空
気が入ってて、だから実際より広く感じるってこと?」
「そう。正しくは空気の量ではなく、気、の量なのだがね」
「へえ、すごいね」
パピロは理解したわけでもないのに、そう言った。
(つづく)
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